第1章

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家持という人は、知人にうなぎをすすめるくらいですので、ご自分もよく食 したのでしょうが、当時はうなぎをぶつ切り、輪切りにして料理をしたと伝えら れておりまして、その姿が蒲の穂に似ていることから蒲焼、どういうわけかガマ がカバになった、そんな謂れができております。外国のほうでは、輪切りにして 煮込んだり、燻製にしたり、フライにもするそうでして。ドイツのギュンター・ グラスの小説に、ある港町の河口付近で客船が沈没した海難事故があったあと、 その年のうなぎは太っていて美味しかったという、ちょいと不気味な逸話が出て きますが、するてぇとそのときのうなぎのフライもさぞかし大きかったのだろう などと、つい不謹慎なことを思ったりも致します。  蒲焼は日本独特のもののようでして、開いて焼いて、たれをつけてまた焼くと いう、手間をかけた巧妙な料理になっております。うなぎを開くという料理法 は、もともとは上方、つまり関西で始まったものが江戸へと伝わりまして、開い てから蒸しあげて焼くという、独自の料理法が誕生したと言われております。開 き方にも、関東の背開き、関西の腹開きという違いがあることはよく知られてお りますが、どちらが美味しいかとなりますと、これはもう人それぞれでして、美 食家で趣味人でもあった北大路魯山人は「うなぎの味は餌次第」と申しておりま す。餌次第と言われますと、さきほどのギュンター・グラスの小説の一節を、つ い連想してしまって、これはどうにも具合が悪いのですが、まぁ開き方のほうは 味にはあまり関係がございませんようで。私のつたない経験から申しましても、 これはもうどちらも旨いとしか言いようがございません。  東京の蒲焼の、あのふわっとした身と少なめのご飯にたれがしっかりと浸みこ んだものは、いかにもうなぎを食べている気分がする結構なものですし、これが また大阪へまいりますと、少しばかりしっかりとした蒲焼が二段重ねになってい るうな重とかうな丼がございます。上の蒲焼とご飯を食べておりますと、なかほ どからもう一枚、蒲焼が出てくるという面白い趣向でして。それを知らずに初め て食しましたときには、ちょっとばかり驚きもしますが、なんですかひどく得を したような気分になる、いかにも大阪らしい料理になっております。
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