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「ほうほう、『大量に発生してしまったアブラムシの駆除のためにテントウムシを貸し出してほしい』ねぇ、けっこうじゃねぇか」
窓を背にした中年男性は手にした紙を見ると、逆光の中不敵な笑みを浮かべた。少なくとも少女にはそう見えた。
机を挟んで彼の向かいに立っている少女は、背筋をまっすぐに伸ばし真剣な表情で彼の顔をじっと見つめている。アイラインを引いたようなはっきりとした輪郭の目は、彼の一挙手一投足をしっかりと見据えている。
彼の机の上には様々な書類やファイルが積み上がっている。それはまさに彼の仕事の多さ、つまり自分の所属する組織内での彼の地位の高さを示していた。やらなければならない仕事は机の上の物と同じくらい山積みなはずなのに、余裕たっぷりに手に持っている紙を読んでいる。
「オーケーだ」
一通りその紙に目を通した彼は机の上に転がっていた大きめの判子を手に取り、それを乱暴に朱肉に叩きつけた。そしてそのまま紙に勢いよくドンと押しつけた。塔のようにそびえる書類がぐらぐらと揺れ、慌てて少女が手で押さえる。
次に彼は少女の後ろを通り過ぎようとした青年を呼び止めた。立ち止まった青年に手に持っている紙を押しつける。
「それ頼むぞ」
彼が言うと、紙を渡された青年は一瞬だけ口を歪めた。青年はわかりました、と返事をして紙を受け取るとぷいと背を向け離れていった。
背後からバンという音が聞こえて少女の体が一回ビクッと震えた。彼が自分が抱えていた書類を机の上に乱暴に置いたのだろう。背に目はないがすぐにわかった。本当は自分の作業をしたかったのだろうなと、書類に八つ当たりした彼を少女は気の毒に思った。
青年は次に呼び出し窓口へ向かった。先ほど受け取った紙を右手に持ってカウンターから少し身を乗り出すと、目の前の人々に向かってよく通る声で呼びかけた。
「『天道虫使い』はいらっしゃいますかー?」
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