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「ねえ、よん君はなんでここに来たの?」
耳にも痛いシャウト系に顔をしかめながら出した声は、テーブル向かいの受け手に届くはずもなく。
しかしそこはやっぱりよん君クオリティー。彼はすぐにも壁付けソファーのあたしの隣にやって来た。
「これでいいよ、朔さんの声もここからならよく聴こえる」
ソファの背もたれに、よん君の腕が回る。
肩を掴まれた訳じゃなく、背もたれ、そう、背もたれだ。
意識したら自意識過剰だって思われる、絶対思われる……だからあたしは気を落ち着けて、よーーく落ち着けて彼を見上げる。
「よん君はなんでここに来たの?」
「朔さんこそ、どうしてここに来てくれたの?」
質問したつもりが、質問で返された。
「? ハネコがあたしに来るように言ったからよ」
「やっぱり」
よん君はがっくりと頭をもたげてうなだれた。やっぱり、の意味が分からず、よん君の肩をポンポンと叩くと、彼はすぐに肩をびくりと言わせて背筋を伸ばし、定位置に戻った。
ハネコの番が終わり、鈴木が選曲したバラードがゆったりと流れ出す。
曲の切れ目にもかかわらず、グラスが空になっているにもかかわらず、よん君は席を立たなかった。
「…………朔さん」
ソファの背に回っていた手がそっとあたしの肩に触れた。
「よ、よん君……」
「鈴木じゃないんだ……俺が、俺が朔さんと仲良くなりたかったから……だから鈴木に頼んだ。
鈴木はハネコちゃんに頼んだ。
……君がここに来てくれて、俺は」
バラードがサビに移る。
甘美な言霊の魔法か、よん君の熱い眼差しのせいか――顔が熱い。
「朔さん、……俺は朔さんが好きだ」
「…………!」
鈴木がしっとりと歌い終え、曲の切れ目が訪れる。
あたしはすぐさま席を立って部屋を離れた。
余韻がおさまらない。
熱くなる頬をクールダウンさせるべく残ったグラスの氷を口に放り込んだ。
並ぶ二つのグラスには、仲良く同じアイスティーを注ぐ。
左手側がよん君、右手側があたしのグラス。ストローに手を伸ばしかけ、そっと手を戻す。
ガムシロ二つ、ミルクが二つ。
二つのグラスに甘い甘いミルクティー。
「お待たせ、緋那(ヒナ)」
「あ、ありがとう……朔」
互いに頬を染めながら、あたしは右手側のグラスを彼に渡した。
END
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