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「ようやく行きなすったか…」
しなる背を抱えた掠れ声が
無人となった裏長屋の軒下に影を落とす。
「咲く時が少々遅かったがの
お前さんはジュウジン様に
飲まれた村の思いを託されたのじゃ
記憶の果てに吸い寄せられし忌み子
間引きと言えど子を無くすのだからの
あの村を華に彩るのが
我ら巫女のせめてもの役目
我ら人とジュウジン様との契りであり
救いの宴なんじゃよ」
老婆は満足げに頬を持ち上げると
仕立てられて間もない乳白色の紐を解く
「ほう…三十五巻き目とな
最期の息吹じゃ
念を込めてしかと留めてやろうの」
恭しく開かれた巻紙に
呪詛を描くように毛筆が滑る
三十五の巻
今宵もひとつ
またひとつ
真紅を携えて湖面に咲く
華――
湖底より浮かびくる
万花の宴
今日この湖が「華筏湖」と呼称される由縁
今時を経て
その美しき物語を此処に書き記す
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