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「...雨。」
ふと真夜中に目が覚めた少女はベッドに沈み込んだ体を動かして立ち上がり、ぼんやりと窓の外を見る。目の前に広がるのは花に囲まれたいつものバルコニー。外は静まり返っており、雨の音だけが辺り一面に響いていた。意識がはっきりとしていく中で徐に上を見上げてみると、夜空にはその存在感を誇示するかのように赤黒く染まった満月が鈍い光を放ち世界を見下ろしていた。その異様な月を避けているかのようにその辺り一帯だけ雲がかかっていない。幻想的な情景に心を奪われ呆然としつつも、その現実離れした光景と不気味な静けさに言いしれない不安感に襲われる。
「っ!?」
その時、不意に禍々しい魔力の気配を感じた。今まで感じたことのない冷たく膨大な魔力の気配に少女は思わず息を飲む。そしてすぐに気が付いた、とうとうこの日が来たのだと。
…あの人もこの魔力に気付いているかもしれない、いや意外に呑気に寝ていたりして。
突然のことに驚きながらも頭ではそんなことを悠長に考えていた。想像しただけで小さく笑みが溢れ、気分が少し晴れたような気がした。少女は机の上にある透明な雫の形をした首飾りを手に取ると、何かを願うようにそっと優しく握りしめる。そしてそのままそれを身に着け、壁に立て掛けてあった剣を持ってそっと部屋の扉を開けた。
「うっ....」
扉を開けると廊下一帯に禍々しい魔力が充満しており、室内であるというのにうっすらと黒い霧が立ち込めている。まるで自身に取り込もうとしているかのように少女の全身にその魔力が重苦しく纏わりつく。普通の人が触れれば数分ももたずに身体が闇に蝕まれてしまうだろう。大きな被害が出ないうちに一刻も早くこの元凶を討たなくてはいけない。少女は深く呼吸をすると祈るように小さく呟く。
「光よ、我を悪しきものから守りたまえ【lumo protekto(光の守護)】」
すると、暖かい光が少女を優しく包み込むように全身に広がる。先程までの重苦しさは無くなり、少女の周辺の空気が浄化されていく。辺り全体を浄化することも可能であったが、あえてそうはしなかった。この先に待ち受けているであろう戦いに力を備えなければいけないからだ。少女は魔力の気配を辿りながらひっそりと静まり返った廊下を迷わず進んでいくーーーー
「ここから...か.....」
魔力を辿って着いた先は王の間であった。いつもなら扉の前にいるはずの近衛兵の姿もない。ここにたどり着くまでに誰一人として会わなかったことを考えると自分だけが別の次元に閉じ込められている可能性もある。しかしそれは少女にとっては好都合だった。どんなに激しい戦いになっても周囲の人々に影響を及ぼすことはないだろう。少女は鞘から剣を取り出すと注意深く扉を開けた。血のように真っ赤な光が玉座を煌々と照らしているのが見える。中は薄暗く、天井の窓から入り込んだ赤い月明かり以外に光はなかった。人の気配は感じられないが、禍々しい魔力の発生源はここで間違いなかった。少女は緊張を走らせながらゆっくりと前へ進む。
「....!?」
不意に前方から現れた人の気配。少女は剣を強く握り締めて身構えると声を張り上げた。
「そこにいるのは誰!」
相手はその問いかけに答えることなく、ゆっくりと少女の方へと歩き出す。少女は自分の方へと歩みを進める目の前の人物を警戒していたが、月明かりによって段々と露わになる相手の姿に驚きを隠せなかった。
「ど、どうしてこんな時間に....ここで何をしているの?」
鈍い光を放つ瞳、そして嬉しそうに緩められた口元。悪意のない笑みを浮かべる人物を前に...彼女は静かに息を飲んだ。
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