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付き合うこと3年。
結婚して1年半。
優しくて、溌剌とした嫁。
そんな嫁に甘い夫。
時々喧嘩はするけれど、
周りも羨む幸せな新婚生活。
そんな幸せがずっと続くと信じていた。
すごく暑い一日だった。
夕日が綺麗だったのを覚えている。
ローンを組んだ小さな庭付きの、子どもはまだいない僕らの家。
共働きだけど、彼女は早朝から昼過ぎまでの仕事だから僕は彼女を見送って、彼女は僕を迎えてくれる。
そんな生活。
「ただいまー」
いるはずなのだが、返事はない。
手を洗うために洗面所へ向かうと、浴室の扉が開いていた。
覗き込むと、彼女は浴槽に張った水に脚を浸けていた。
「ただいま」
ゆっくり振り返って、彼女は笑う。
「おかえりなさい」
何だかぼんやりとした表情だ。
いつも溌剌としている彼女には少し珍しい。
「具合悪い?今日暑かったからね」
そう訊いても、彼女はぼんやりと聞いているのかいないのか。
ひぐらしの声がやけに大きく聞こえる。
「えみ、ほんとに大丈夫?」
目線を合わせると、彼女はようやく僕を見てくれたような気がした。
「大丈夫。ただ、渇くだけだから。すぐ夕飯の準備するね」
そう笑って立ち上がった彼女はいつも通りで、僕は特に何も思わなかった。
もっと早く、僕は違和感に気づくべきだったのに。
「わたしはもうすぐ動けなくなる」
ある日、彼女はそう言った。
「わたしは、樹になるの」
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