20人が本棚に入れています
本棚に追加
/181ページ
現在・美奈子
「いってきまーす。」
まだ、味噌汁の匂いの残る居間を抜けると店に続く三和土(たたき)にある見慣れたパンプスにそっと足を伸ばす。
「あんた、そろそろ1年になるのよ。もういいんじゃない。」
母親の声が追いかける。ちょっと鬱陶しい。
「三和のおばさんの顔もたてて1回会ってみたら?」
私は聞こえない振りのまま店の中を通り抜ける。
我が家は祖父の代からやっていた米屋である。
今時、米を米屋から買う人なんているのかと疑いたくもなるが、父の方針でおいしいと有名な米どころの米を農家の方から直接仕入れているらしく、結構うちの米屋の人気は高い。
父親は無口な人で、これでよく客相手の商売が出来るものだと思う。
その分、母の人当たりのよさから、バランスが取れているのかもしれない。
少し肌寒い3月。父は店先の扉を開け放ち、軒先の掃除をしていた。
「いってきます。」
父に小さな声で声を掛ける。振り返った父は「ん」と小さくうなずくと、掃き掃除を続ける。
最初のコメントを投稿しよう!