待庵。とある茶席のこと。

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普段ならば溜め息と共にやり過ごすのだが、今回は勝手が違った。 つい先日、夜道で弟弟子達が襲撃されている。 同じ場にいた氏郷が迎撃したため『此方側は』大事に至らなかったが、芝山が利き腕に傷を負った。 その罰とも言い難いが(実際、利休は判断に困る顔をしていた)今回は手伝いに氏郷の姿はなく、怪我を庇う芝山の補佐も兼ねて瀬田が呼ばれたという経緯もある。 刀を振りかざした当人ではないものの、一戦を交えた空気は瀬田も身に受けている。 この緊張は『あの夜』の延長に過ぎないかもしれないと、とりあえずは自身の不器用さを呪った。 (気持ちの切り替えが下手すぎる…) 多くの人間から生真面目と評される己の性格を嘆きながら、彼はようやく庭を離れる事を選んだ。 茶席を終えた後、人の流れのまま分かれた芝山を探す。まだ片付けの手伝いも残っているし、相手も落ち着いた頃合いだろうと思い至ったのだ。 勝手知ったる様子で再度待庵に上がり込む。参加者がいない茶室は静まり返り、人の居ない物悲しさを瀬田に向けている。 無音の空間に彼は僅かに息を飲んだ。 きりきりと胃が痛む。 (…この感じは、良くない) 静かすぎる。 空の茶室に背を向けた瀬田はぐるりと辺りを見渡し、再び歩き出した。 嵐の前の静けさと言うが、忘れてはいけない。 嵐の中心にも沈黙はあるのだ。
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