待庵。とある茶席のこと。

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会話として成立しているかも分からない断片を拾う。芝山の立ち位置が瀬田に向いているらしく、主に届くのは彼の声だ。 それを聞きながら、瀬田は確信する。 この『波』は芝山のものではない。 彼の声には感情の触れ幅が一切ない。怒りも悲しみもなく、只淡々と言葉を組み立てては対面する人物に向けていた。 (本当に、彼なんだろうか) 違和感は拭いきれない。瀬田の記憶と今の彼をどう擦り合わせても、同一人物とは認識しづらかった。だからと此処で立ち去る事も出来ないと、離れた場所の様子を窺う。 「放っとけって言わんかった?俺。言うたはずや、何で聞かへんの。別に興味ないって…戻ろうなんて思うてへんわ」 黙り込んでいるのか、只向きが悪く声が不明瞭なだけなのか。一方しか聞き取れない会話は続いていく。 「あぁ。そか…」 僅かに空気に混じる音…相手の返答を聞いたらしい彼が、笑った気配が届いた。 「俺も殺さんと気ぃ済まへんのか?伯父貴は」 嘲笑混じりの彼の声に、大きく跳ね上がり波打つ感情。『波』の主は芝山の目の前にいる人物で間違いない。 そして聞き取れた会話から、先の襲撃を命じた主に間違いなかった。 しかし得た情報を喜ぶ余裕はない。 瀬田は息を詰まらせた。 彼は『彼』を、何と呼んだ?
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