待庵。とある茶席のこと。

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「何編でも言うたる。別に家なんてもうどうでもえぇわ。」 静かに、しかし力強く彼は再度言葉を向ける。 「両親もきょうだいも居らん場所なんて『家』やない。そんなもん、興味あらへん。 自分で要らん手ぇ出して、欲しいもん全部手に入れて…殺り損ねた俺に怯えるとか可笑しい話やろ」 吐き捨てるように言う彼に、『彼』は何と返したのだろう。 呆れたように二三言残し、芝山が歩き出した音が届いた。彼はそちらを通ってきたのだろう、音は瀬田が立つ場所と逆の方へと遠ざかっていく。 『彼』は芝山を呼び止めた。一瞬止まった足音は、振り返ったのか微かな砂の音を次に連れている。 芝山の声は一層冷たさを増した。 「あぁ…せや。今度似たような真似してみぃ。其れなりに対応さしてもらうわ。 …今回は氏郷くんもお叱りなかったし、しゃーないから不問な。」 言葉の後に、また砂が鳴った。足音は遠ざかり消えていき、今度こそ其処に『彼』が取り残される。 『波』は消える事なく、その揺らぎは収まる気配を見せなかった。茶事の時と同じく瀬田の体に障る其れは、どのような感情を含んでいるのか分からない。 感情の持ち主が動き出す前に、瀬田も其処を離れた。芝山とも別の場所で落ち合わなければならない。 そっと歩き出す瀬田は脳内で芝山の言葉を反芻していた。 否、残響だったのかもしれない。 (…そう。確かに知らずにいた) 同じ師を持ち、程々の付き合いがあるというのに。 瀬田は…恐らく他の仲間達も。 芝山の過去を全く知らない。
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