六章 動乱始原

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 周瑜は過去に思いを馳せるような遠い目をしながら、ゆっくりと話しはじめる。 「私たちが出会って間もない頃は、それは大人しかったものだ。孫堅様は昔からこの地で高い名声を得ていたからな。長子として、何れ後を継ぐ時が来る。自分にはそれだけの価値があるのかと、それは悩んでいたものさ」  孫策の過去を知る絶好の機会である。征夜は余計な茶々を入れずに相槌だけ打って、周瑜の話に耳を傾ける。 「それが今のようになったきっかけは、確か私たちが十になるかどうかの頃だ…」    §§§§§§§ 「ねぇ、公瑾」 「何、伯符?」  いつものように私が書物を読んでいると、伯符が後ろから声を掛けてきた。  伯符の父親の孫堅様はいつも明るく、活力に溢れた方なのに、伯符はいつも静かだ。妹の仲謀ちゃんと瓜二つで、今でもたまに間違う。 「私は父さんみたいに、強くなれるのかな?」 「またその話?伯符なら大丈夫だよ」  事あるごとに、伯符はこの話を持ち出して来る。私はその度、同じ答えをしている。だって私にも、そんなことは分からない。私が読んできた書物には、そんなことは書いてないから。 「ねぇ、真面目に答えてよ」  伯符が袖を引いて、読書の邪魔をしてくる。こうなるといつまでもやめてくれないので、仕方なく書物を閉じて伯符に向き直る。 「皆、先のことは分からない。だから理想に近づくために頑張るんだよ」  これは父、周異の言葉だ。人は先を完全に見ることは出来ない。だからこそ努力を重ねて、成長できるのだと、いつも言い聞かせられてきた。 「でも、頑張っても父さんのようにはなれないかも」 「伯符は伯符。孫堅様は孫堅様。人それぞれ違うところがあるのは当たり前だよ。皆が同じだったら誰が誰だか分からないじゃない」  確かそういうのを、個性って言うんだ。 「周瑜の言う通りだ。文台のように強くなりたいなら、私の稽古から逃げるな」  急に後ろから声がして、肩を震わせる。振り向くとそこには、肩に木剣を担いだ黄蓋殿がいた。 「げっ、黄蓋」 「何が、げっ、だ。さっさと戻るぞ」  黄蓋殿に手を引かれて渋々着いていく伯符の背を見ながら、私は思う。  伯符は私が支える。伯符の足りない部分は私が補おうと。  そう決意を新たにしながら、私はまた書物を開く。    §§§§§§§
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