夏の蠢(うごめ)き

5/8
前へ
/16ページ
次へ
少しでも夜風に当たろうと、私は寝巻き姿のまま礼拝堂の外に出た。 扉を開けた瞬間、ふわっと生温かい空気に包まれ、一歩一歩路地へと踏み出すたびに暑さがむしろ増していく。 見上げる空には、皮を向いた林檎のように黄色い月が朧(おぼろ)に光っていた。 今日は散々な一日だった、と、輪郭の曖昧な月を眺めながら思い出す。 マルタの後には、靴屋のおかみさんの子育ての愚痴をいつも通り聴いてやって、ヘマをやって落ち込む鍛冶屋見習いのパウルを元気付けて、パン屋のヤンセン親方を笑顔にして帰したまでは良かった。 しかし、日ごろは教会に姿を見せない伯爵が急遽やって来た時には、私はもう疲れ切っていた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加