夏の蠢(うごめ)き

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大きく息を吐き出して、改めて街の家々が並ぶ方に目を向けると、真っ暗であった。 こんな時刻に起きているのは物盗りと私くらいだろうと自嘲してから、マルタも眠れぬ夜を過ごしているはずだと思い当たる。 こちらが何度諭しても、あんなにも強く断ち切れぬ思いを口にしていたのだから。 父娘が暮らす家の辺りに目を凝らしても灯り一つ見出せなかったが、立ち並ぶ家々の屋根の黒く先尖った影を眺める内に、暗闇の中で悶え蠢(うごめ)く彼女の肢体がまざまざと浮かび上がってきて、思わず背筋がぞくりとした。 我知らず手を当てた胸は、皮膚を破って飛び出しそうなほど激しく鼓動している。 私は、おかしい。 並び立つ家々に向かって走り出したい衝動を振り切るように礼拝堂に駆け込むと、私は扉を堅く閉ざした。
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