春の目覚め

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「あたし、最近、よく眠れなくて」 長い睫毛(まつげ)がしばたく大きな目の下に、目を凝らすとそれと分かる程度にうっすらと隈(くま)が浮いている。 「それはいけないね」 いけないと思いつつ、ベッドで悩ましげに寝返りを打つマルタの寝巻き姿を想像してしまう。 一昨年に母親を亡くしてから、病気で寝たきりの父親の世話をする、十七歳のこの娘は、ここ最近、ひどく艶めいてきた。 身に着けているものは変わらず質素だが、体つきはふくよかに丸みを帯び、表情には今までの生真面目で信心深い少女のそれとは異なる何かが漂うようになっている。 しかし、次の瞬間、薄紅色の花びらじみた娘の唇から零れ落ちた一言が想念を打ち砕いた。 「ある方の事を思うと、眠れないのです」
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