夏の蠢(うごめ)き

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「罪なんだ!」 パリサイ人(びと)に姦通を問われた女もあるいはこんな顔をしていたのかもしれないと、私を見上げる若い娘に目を注ぎながらふと思う。 「そもそもその男には、深く愛する妻がいるのだろう?」 この台詞はこれで何回目かと呆れつつ、「妻」の部分に力を込めて再び問いただした。 「知っていても、あたしには、どうしても思い切れないんです」 マルタは触れればぽろりと涙の零れ落ちそうな瞳でこちらを見据えたまま、頑なに首を横に振る。 「父さんがあんな風になって、毎日辛くて押しつぶされそうだったけど、その人だけがあたしの心の支えになってくれた」 お前がまだ人形遊びしていた頃からずっと近くで見守っていた私は、味方ではなかったというのか。 彼女の肩を掴んでそう叫びたくなる衝動をぐっと堪えて、告げる。 「諦めるんだ」 口に出して言ってみると、思ったよりも、ずっと冷酷に響いたが、もう仕方がなかった。
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