156人が本棚に入れています
本棚に追加
午後八時五分前。俺は待ち合わせ場所の渋谷ハチ公前でケータイを片手に立っていた。周囲は人でごった返していて、連絡がない限り須永さんを見つけられそうにない。居酒屋の客引きのにーちゃんや、ちょっとどうかと思うような化粧をした女の子たちが目の前を通り過ぎていく。
何気なく見た腕時計はあと少しで約束の八時になろうとしている。その時、手の中のケータイが振動した。ディスプレイを見ても名前の表示はない。須永さんだろう、と見当をつけて電話に出る。偶然なのか律儀なのか、ディスプレイの上部にあるデジタル時計はちょうど八時だった。
「も、もしもし?」
『俺、彩人。お前いまどこ。ハチ前にいる?』
「いますよ、ええと、カーキのモッズコート着てます。下はジーンズで、紫のチェックマフラーしてるのが俺です」
『……ああ、わかった』
須永さんはそれだけ言うと電話を切ってしまった。俺はツーツーと音の鳴るケータイを耳から離すと、周りを見渡した。俺は須永さんの服装がわからないので、とりあえずイケメンぽい人を探してみる。
しばらくきょろきょろと視線を飛ばしたが、目を瞠るほどのイケメンは見当たらない。おかしいな、と思っているといきなり目の前に黒のトレンチを着た男性が立ち止まった。
「待たせた」
彼はそう言うと、腕に巻いた高そうな時計をちらりと見る。俺は目の前の男性を観察しながら、頭の中で現実を整理しようとした。この人いま「待たせた」って言ったよな? で、俺が待ってるのは須永さんだよな? てことは、この人が須永さん……? そこで俺は大声を上げた。
「ええええええええ」
目の前の男性はスーツに黒トレンチ、革靴に高級腕時計と、服装こそイケているものの、前髪を横に分けてべっ甲のメガネをかけていた。レンズが厚いのか、なんだか目が小さく見える。正直に言って、ダサい。ダサいというか、残念ですらある。
最初のコメントを投稿しよう!