Act.11

6/7
77人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
 はっとして須永さんを見ると、彼は縋るような目をしていた。そんな目をされたら、裏切ることなんてできない。例えいつもとは違う呼び方をしたのが、辻褄合わせのためだとしても。俺はゆっくりと口を開く。 「付き合ってます」  少年の生気のない瞳が俺を捕える。 「俺、須永さんと付き合ってます」 「わかっただろ、帰れ」  須永さんが間髪いれずに一言放った。その言葉は質量があるかのように部屋に落ちた。少年が弾かれたように須永さんを振り返る。目にいっぱい涙を溜めて、それでも泣くことを我慢している痛々しい表情だった。少年はぐっと言葉につまると、その場を飛び出して行ってしまった。切り傷のようにズキズキと心が痛む。俺の言葉は本当に正しかったのだろうか。 背中の方でドアが勢いよく閉まる音がする。リビングには俺と須永さんしかいなくなった。 「あ、あの……」  須永さんは俺の言葉には耳もくれず、デスクのそばにあったイスに沈み込んだ。両手で顔を覆うと、深い息を吐き出す。らしくなく瞳が濡れているような気がした。どうしたらいい、こんな時。 「須永さん」  俺は彼に近づくと、背中を撫でた。少年と須永さんの関係は、状況を整理すればある程度理解できた。理由はわからないままだけれども。俺が気遣うように背中を撫でてもされるがままになっている彼は、傷ついているように見える。 「俺、なにも聞きませんから」  そう言うと、須永さんが顔を上げて俺を見た。ちょっと驚いたような顔をしている。ほんと、今日の須永さんはらしくない。でも、「らしい」ってどういうことを言うのだろう。誰だって表面的な表情と、一人のときの表情を使い分けている。  須永さんが身体から力を抜いた。俺は背中を撫でていた手を止める。ぽんぽん、と軽く彼の黒髪を叩く。ちょっとでも明るい気持ちになればいい。いつものように強気に笑ってくれればいい。 「俺、帰りますね。ちょっと用があったんですけど、また今度にします」  そう言って、そっと須永さんのそばを離れる。と、ぐん、と手を引っ張られた。俺は驚いて振り返る。須永さんが見上げるようにして俺を見ている。なにか言いたそうで言えない整った唇。彼は一瞬横を向いて、そして下を向いた。再び顔を上げた時には、なにかを決意したような表情をしていた。 「……あいつは、元カレだ」
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!