Act.12

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「で、どうしたの」  俺がカフェのイスに座るなり、ジンさんはそう言った。俺は言葉に詰まる。なにから話せばいいのかわからない。 「彩ちゃんのこと?」  ジンさんはカフェラテの入ったカップをゆっくりと持ち上げつつ言う。俺は観念して小さく頷いた。 「彩ちゃんとなにかあったの?」  質問を被せてくるジンさんは穏やかな表情をしている。責めるような言葉を言わないのがこの人の魅力なのかもしれない。夕方六時を少し過ぎた時間の屋外はもう暗い。冬の夜は早い。 「その……、なにから言えばいいのかわからないんですけど」 「いいわよ、ゆっくり言いなさい」  ジンさんはにこりと笑う。俺はほっとしてぽつぽつと話しだした。 「この間、須永さんの元カレさんと鉢合わせてしまって、ですね……」  ジンさんは一瞬驚いたような顔をして、カップをソーサーに戻した。 「……そう、カナちゃんと会ったの」 「カナさんて、言うんですか」  俺は慎重に言葉を選ぶ。テーブルに置かれたブラックコーヒーはだんだん冷めていく。 「叶多ちゃんて言うのよ。高校三年生。都内の進学校でトップクラスの成績の子でね、吹奏楽部でフルートを吹くような子よ」  ジンさんは遠くを見るような目をした。 「とても有望な子だわ」 「だから須永さんは彼のことを振ったんですか」  ジンさんは俺の方に視線を戻すと、少しの間言葉を探した。迷うように手が組まれて、そのあと解かれる。メガネを押し上げると、彼はゆっくり言葉を吐き出した。 「そうなるわね」 「俺、須永さんと付き合ってるってカナさんに嘘ついちゃって……、彼、すごく傷ついた顔して飛び出してって……」  思い出して自分でも眉間に皺が寄るのがわかる。他人事ではない気がした。俺のついた嘘は二人のためになったのだろうか。 「カナちゃん自身にもいろいろあったって聞いてるわ。彩ちゃんだって大人なんだから無闇な嘘はつかないと思うの」  ジンさんの声は思いやりに滲んでいる。 「理緒くんが気に病むことはないと思うわ」  慰めでも聞きたかった言葉だった。ジンさんを見ると自分もつらいような表情をしていた。痛みのわかる人なんだろう、彼の言葉には温もりが感じられる。 「須永さんは、カナさんと俺が似てる、って……」
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