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須永さんは俺の部屋の前に居心地悪げに立っていた。バイト先近くの駅からここまで走ってきて、その上階段まで駆け上がった俺の息は上がりまくっていた。
須永さんはスーツを着て黒いトレンチを羽織っていた。髪はきっちり整えられて、あのダサいメガネをかけている。彼がどんな表情をしているのか、階段の入口からは確認できない。俺はつかつかと須永さんに歩み寄った。
目の前に立つ。まだ息が整わずに、言葉はなにも言い出せない。その代わり、俺は腕を伸ばして須永さんの髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。彼は驚いて俺の手から逃れようともがく。
「ちょ、やめろ!」
「うるさい!」
俺の声があまりに大きかったからか、須永さんはもがく手を止めた。下げていた視線を俺に合わせる。一瞬合わせたと思ったら、すぐ逸らしてしまった。それが悔しい。
「アンタ俺のことどうしたいんだよ!」
そう言うと、彼は悲しそうな顔で目を伏せる。そんな顔するくらいだったら! ちゃんと言ってよ!
「人のこと好きにさせといて!」
しん、とあたりは静まり返った。須永さんは唖然とした顔で俺を見ている。なにが起こっているの理解できていないようだった。俺は構わずに須永さんのコートを掴んで後ろのドアに押し付けた。ダン、と思ったよりも大きな音がする。
「逃げないでくださいよ」
須永さんは呆然と俺を見下ろしている。掻き回された髪が彼に似合わずにちぐはぐな感じがした。
「俺は須永さんがすきです」
一息に言って、須永さんを睨みつける。ここで誤魔化されるわけにはいかないのだ。真剣にならないとダメだ。
「須永さんはどうなんですか」
俺の言葉をだんだんと理解し始めたのか、須永さんの顔に赤味が差した。アパートの安電灯の下でもわかるくらいの変化だった。彼は口をぱくぱく動かしたあと、な、とか、あ、とか意味のない言葉を吐き出す。こんなに動揺した須永さんを見るのは初めてだ。
「お前、自分の立場わかってんのかよ!」
やっと彼の口から出たのは、質問の答えでもなんでもなかった。須永さんも俺に負けじと睨み返してくる。少し冷静になったのかもしれない。
「バカか! ここ路地に面してんだぞ! お前はなにを考えて……」
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