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シャワー室から出ると、外は黒のインクをぶちまけたように暗く、辺りは静かで世界中で目を覚ましているのは俺たち2人きりのようだった。
指と指をしっかり絡めながら、波打ち際を歩く。
早く帰らないと弟がうるさいから、と苦笑する悠は少しだけ早足になる。
「ねぇ、悠」
「なーに?」
「歌おう」
「何を歌うの?」
「俺たちが…ここで、初めて一緒に、歌った歌」
そう言って俺が立ち止まれば、悠も立ち止まる。
考える素振りも見せないまま、悠は微笑みながら頷いた。
合図なんてしなくても、お互い同じタイミングで息を吸って。
『Amazing grace…』
初めて出会った場所で。
初めて一緒に歌った歌を。
それは優しくて、温かくて、熱くて、切なくて……愛おしい。
お互いの声を聞きながら、2人の声を手と手を合わせるように重ねていく。
どこまでも響いて広がっていく俺たちの世界は、ここから旅立つ。
もっと大きく、広い世界へと羽ばたく。
穏やかな戦慄は温かい闇の中に消え、俺たちは静かに微笑み合いながら。
また、波打ち際を歩いた。
「俺たちの、歌……たくさんの人に、届ける」
「うん。1人1人の心に残る、大切な歌を歌っていこうね」
潮風に靡く悠の髪を一束掬って、口付けた。
「またいつか必ず、この場所で2人で歌おうね」
「……ん」
しばらくこの景色は見れなくなるけど、俺たちの初めてはここからだから。
必ず、ここに帰ってくる。
砂浜を出て公園を後にする直前、もう一度振り返ったら。
海が、行ってらっしゃい、と。
言ってくれたような、気がした。
END
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