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本当に、触れただけのキスだった。 すぐに離れていこうとする聖瑛さんの服の裾を咄嗟に掴んで、俯く。 手が木枯らしの中の落ち葉のように震えるのは、怖いから。怖くて怖くて、たまらないから。 「……」 「…もっと、してほしい…です」 「………」 「……我儘言ってごめんなさい…でも、っ…怖い、です」 お願いします。どうか、どうか私のことを……。 「…見捨てないで…っ…下さい……」 きつく目を閉じると、堪えていた涙が頬を伝った。いったん涙がこぼれ始めると、歯止めがきかなくなる。 こんなことを聖瑛さんに言っても相手にされないのは分かっているけど、言わずにはいられなかった。 「私のこと…嫌い、でも…っ…1人は怖い、です…っ」 怖い。1人は、怖い。 だけど、人も怖い。人間は怖い。 炎が怖い。大きな音が怖い。人の悲鳴が怖い。ナイフが怖い。銃が怖い。学校が怖い。友達が怖い。 「怖いものが…たくさん、あるんですっ…だけど、この家の中には…怖いものが1つもないから……すごく、好きなんです」 安心出来るのは、この家の中だけ。この家の中にいれば、何も怖いことなんてないし辛くも悲しくもない。 「…だからっ…私……私に出来ることは何でもしますから…っ…お願い、します…!見捨てないで、下さい…っ」 この家の人たちの温もりは何よりも安心出来て、幸せな気持ちになれる。必ず私に触れて、安心させてくれる。 だけど最近は槙志さんと彩人さんと会えない上に、唯弥くんと聖瑛さんは必要以上に触れてきてくれない。私が寝ているときは触れているはずなのに。 「……お願い…します……」 温もりが欲しい。誰かの温もりが、欲しい。 怖いのは嫌。冷たいのも嫌。悲しいのも嫌。 誰かに、触れてほしい。 .
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