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私の泣き声だけが、しばらく部屋の中に響いた。
聖瑛さんが私を見下ろしているのが感じる視線で分かるけれど、何も言ってくれない。
でもきっと、聖瑛さんは不器用なだけで優しい人だから、何て声をかけたらいいか考えているんだと思い込んで。その口が開くのを、待った。
だけど。
「……はぁ、泣くのもいい加減にしろ。お前の泣き顔なんざ、目障りだ。小娘ごときがふざけたことを言うな」
降ってきた言葉は、心の芯まで凍る冷たいものだった。
「お前に触れるのも触れないのも、俺の自由だ。お前が望んで懇願したからって触れたいと思わなければ触れるわけがないだろ」
舌の先に氷を載せたような冷たい口調。冷房のきいているこの部屋が、やけにひんやりとする。
ひんやりとしたのは、身体なのか、心なのか。考えなくてもすぐ分かる答えに、唇をきつく噛んだ。
「俺に指図するな愚鈍が。分かったらとっとと飯を食え」
言いたいことを言い終えたら、聖瑛さんは部屋から出て行った。今まで一度も、私が起きているときに部屋から出たことなんてなかったのに。
頭の中が広々と雪の草原のように真っ白になった。身体の中の何かが欠落して、そのあとを埋めるものもないまま、それは単純な空洞として放置させていくのかもしれないと思うと、自分の発言をひどく後悔した。
力の入らない手でスプーンを持ち、すっかり冷めきったチキンドリアを1口掬う。身体は不自然に軽く、音はうつろに響いた。
気付いてしまった。
聖瑛さんが言ったように、聖瑛さんも唯弥くんも彩人さんも…槙志さんも。私のために温もりをくれていたわけじゃないんだ。私を安心させるために触れてくれるわけじゃないんだ。
触れたいから触れる。ただ、それだけなんだ。
そこに私の気持ちとか思いやりなんてものは、なかったのかもしれない。私を引き取ったのも、私に同情しただけなのかもしれない。
私のことなんて、全然好きじゃないのかもしれない。
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