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私は咄嗟に電柱の後ろに身を隠す。どうして隠れちゃったんだろう、と自分に呆れたけど反射的に身体が動いてしまったから今さら女性の前に出て行く勇気はなかった。
両手に袋をぶら下げた40代後半くらいの女性は、『五十嵐』と書かれた家の中に入って行った。
玄関の扉が閉まったのを確認してから、そっと電柱から離れて女性が入って行った家の前に立って見上げる。
一瞬だけ…一瞬だけ女性の口から聞こえた『響也』と言う名前。そして表札の『五十嵐』と言う苗字。
聞き間違えかもしれない。幻聴かもしれない。同性同名かもしれない。だけど、だけど……思い出したの。
『オレ、幼馴染がいるんだけどねぇ。家がすぐ隣だから父さんと喧嘩して家出したら必ず隣の幼馴染の家に行ってたんだよね~。その日の夜にいつも母さんが迎えに来るんだけどさぁ』
初めて響也さんと2人きりになった化学準備室の中。頭の中ではパニックになって混乱していながらも無表情を貫いていた私に、ずっと口を動かしていた響也さん。
いろんな話をしてくれて、その中に家族のことや昔のことも話していたのを覚えている。響也さんが言っていた幼馴染はたぶん、名前は出さなかったけれど叶貴さんだと思う。
響也さんといつも一緒にいるし、お互いがお互いのことをよく分かっているような気がするから。羨ましいな、と思いながら一緒にお昼を食べた時に2人を見ていた。
そして叶貴さんの苗字は……『南条』。隣の家の表札も『南条』。
さっきの女性の言葉が聞き間違えでなければ、ここは響也さんの家の確率がとても高い。
以外と近いところに響也さんと叶貴さんのお家があるなんて、すごい偶然だと思う。まだ半信半疑だけど、本当に響也さんのお家なら会いたかった響也さんに会えるかもしれない。
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