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反射的に身体を小さく縮めて目をぎゅっときつく閉じる。何をされるのかビクビクとしながらその時を待った……のに、一向に触れられる感触がしなくて恐る恐る片目ずつ開いた。
映り込んできたのは、さっき伸ばしていた手を拳に変えてその拳を虚ろに見つめる彩人さんの姿。
何かを無理やり抑え込んでいるような、我慢を強いてるような雰囲気に眉をひそめた。私の視線に気付いた彩人さんが顔を上げて―――――。
“氷のような視線”とはこういうものを言うんだろう。
初めて見る、初めて向けられる、ついさっき氷河から切り出してきたような硬く冷えきった瞳に動揺の色を隠せなかった。
瞬間、腹の底から震えが沸き起こり、ガタガタと身体中が小刻みに揺れる。ガチガチと歯の当たる音が喉の奥で響き始めた。
「玖珂さん、お大事に」
抑揚のない、淡々と述べた彩人さんはその言葉だけを残して踵を返した。聖瑛さんの、あの聞き慣れた冷めた声よりも冷ややかで、私の体温を下げさせていくような声だった。
実際に、手足の先は真冬に裸足で飛び出したように冷たくなっている。寒気が治まらなくて、痙攣しているように全身が震えていた。
怖い。
怖い。
怖い。
誰か、助けて。お願い。助けて。誰でもいいから、お願い。
心の中で呪文のように繰り返していくうちに、ふと気付く。誰かに縋ってこの恐怖と心細さから自分を守ろうとしていることに。
気付いたと同時に、そんな甘ったれの自分に吐き気がした。
何を言っているの。私は助かってはいけないのに。果てしない恐怖から逃れることなんてしてはいけないのに。何を考えているの。
誰も助けてなんかくれない。助けてくれるはずがない。それが当たり前なのに、助けてほしいと願うなんて。
自分の愚かさに絶望しながら、震えの止まらない身体を強く強く抱き締めて私の弱さを象徴する涙をボロボロと流していた。
刹那。
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