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だったらどうして。そう言いそうになった言葉は外に出されることを許されなかった。重ねられた槙志さんの口咥内に唾液だけが吸い込まれていく。 響也さんのとも、彩人さんのとも、聖瑛さんや唯弥くんとのも違う口唇の感触。巧みな舌技を使うわけでもなく、厭らしい動きをしているわけでもないのに、ジンと下腹部が重くなった。 「んっ…ふぁ、あ」 さっきの言葉に嘘偽りが全くないと伝わる甘いキス。頭の芯まで溶かしてしまいそうで、この瞬間が永遠に続けばいいのにと思わずにはいられない。 そんな私の心情とは裏腹に唐突に終わった口吻に物足りなくて自然と視線は槙志さんの口許のホクロに行ってしまう。 困ったように笑った槙志さんは最後にフレンチキスをして、あっさりと私から距離を取った。 「さぁ、早く服を着なさい。立てないようなら私が運んであげるよ」 「……はい」 甘く、私を包んでくれたかと思えば、余韻を感じさせない引き方に寂しさと困惑を交えつつもゆっくりとした動作で枕元の体操着に手を伸ばした。 着替え終わり、ベッドから足を垂らした時、今さらになって保健室の窓にかかっている真っ白なカーテンの後ろが黒に近い青で染まっていることに気付く。 体育祭が終わったらすぐに迎えに来るね、と言っていた響也さんの言葉を思い出した。とっくに体育祭は終わっている時間なのに、響也さんは来ていない。……いや、もしかして。 「あ、の…私が目を覚ます前に、……五十嵐響也さんって方は来ましたか??茶髪の、後ろで1つに髪を結ってた人、なんですけど…」 「あぁ、彼なら来たよ。でもまだ天使が起きる気配がなかったから先に帰ってもらったんだ。彼の家に送って行くよ」 「……そ、うですか」 さらりと言われた言葉に私は少なからず動揺していた。ここへ来て槙志さんと話したってことは、響也さんは私と槙志さんが体育祭中にここでしていた行為に気付いてしまっただろうか。 彼のその時の様子を聞きたかったけれど、槙志さんの表情があまりにも穏やかだったので結局口を結んだまま保健室を後にするしかなかった。 .
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