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リビングを抜けようと、響也さんが立っている横を通り過ぎようとしたが。がし、と強い力で腕を捕まれて前に進むことが許されずに止まった足。
あまりの強さに顔をしかめそうになったけど何とか平静を装い、斜め後ろを顔だけで振り返った。
その先には、キラリと光る瞳が私を真っ直ぐに、睨み付けるように見ていて。不覚にも、ドキリと鼓動が跳ねた。
「…帰るって、どこに?」
「ぇ、……」
「あいつんとこに帰るの?」
「あいつ…??」
怒気が含まれた声音が言った「あいつ」が誰なのか一瞬理解できず、首を傾げる。不穏な空気が流れ始め、廊下に出ようと足を進めるも、捕まれている腕はびくともしない。
ここまで怒っている響也さんを見たのは始めてだった。一体何に怒っているのか、分からない。
もしかしたら、今までたくさんお世話になったのに何もお礼をせずにこの家を出ていこうとしているのが気に食わないんだろうか。
それは誤解だと、日を改めてお礼をさせて欲しいことを伝えなければ。もちろん一度では済まないから、何度も足を運ぶことも。
「あの…っ」
「行かせない」
「え??」
「あいつのとこになんか、絶対に行かせない。帰さない」
ここでやっと、私は響也さんの言う「あいつ」が誰なのか、分かった。槙志さんのことを指しているんだ。
私を見据える瞳はどこか危うく、普段の響也さんからは想像もつかないほどに影を落としている。怖い、そう感じるような雰囲気だった。
「ハクちゃんを、この家から出すつもりは毛頭ないから」
ぐ、と捕まれている腕にさらに力が加わり、我慢できずに顔を歪めて小さく息を漏らす。響也さんが響也さんではないようで、怖くなり、反射的に身体は後ろに傾く。
そんな私の行動も癪に触ったのか、険しい形相で一歩、私との距離を縮めてきた。
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