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本当に、上の空だった。彩人さんの声も、クラスのざわめきも、誰かが教室に入ってくる音さえ気付かないほどに、上の空だった。
―――――目の前に、彼の姿を映すまでは。
「卒業まであと僅かだけど、家の事情でアメリカから引っ越してきた、ディオン・フィリップス君です。日本語はあまり分からないようなので英語が得意な人は積極的にサポートしてあげてください」
“ディオン・フィリップス”
聞き慣れた、名前。何度も呼んだ、名前。会いたくて、でも会えなくて、ひたすら心の中で懺悔し続けた、名前。
澄んだブルーの瞳。凛々しい眉。高くしっかりとした鼻筋。浅黒い綺麗な肌。無造作に生えてる薄い髭。金髪と茶髪の間のような髪色。短く整え、毛先は緩くカールしている。
2m近くあるその身長と長い手足は、彼の得意スポーツでもあり、数多くの大会でメダルを手にした陸上競技に優れた。
彼の走る姿が、大好きで大好きで大好きで。彼が表彰台の一番上に乗る度に興奮して、自分のことのようにお祝いをした。ロイスを含めた、3人で。
「Hi, I'm Dion. Nice to meet you. ヨロシクオネガ、シマス」
心地よい低音ボイスが紡いだ流暢な英語の後、片言で慣れない日本語を話したディオンの瞳は。この教室に入ったときから、ずっと、私に向いている。
彩人さんが彼の席を指差す。廊下側の一番後ろ、つい今、新たに席が出来ていることに気付くほど、今朝は上の空だった。
しめされた席にそのまま向かうのかと誰もが思っただろう。彼は、廊下側の席ではなく、窓際の、私のいる席の方へと歩みを進めた。
真っ直ぐ、私だけを見つめる懐かしい双眸。彼が近付く度に彼の姿ははっきりするはずなのに、何故か歪んでいく。ゆらゆらと、目の前の彼の顔が、何かに邪魔されてはっきりと見えない。
そして彼は、崩した英語で、懐かしい私のもう1つの名前を呼ぶのだ。
『……セラフィーナ、会いたかった』
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