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マンションの下で呼吸を整える。
しばらくそこに突っ立って、噴き出した汗が完全に引いてから、私は母の待つ家へと帰った。
玄関に入ると、見慣れない女物の靴が置かれている。
ーーお客さん?
母が誰かをうちに連れて来ることはほとんどなかったが、さほど気に留めなかった。
疲れきっていて、余裕がなかったんだ。
いつも通り
「ただいま」
と言って靴を脱ぐ。
痛みが走った。
きっと踵の皮は捲れて、指先には何箇所か水ぶくれが出来ているだろう。
でも、それで良い。
すると、リビングの方から足早な音が聞こえてきた。
私はその場に静止した。
心臓が脈打つ。
母は私が帰ってきたからといって、玄関まで駆け寄って来ることはしない。
――怒っている時以外は。
ずっと居座っていた悲しみや苦しい気持ちが一気に消し飛んで、恐怖だけが私を支配した。
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