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それは何とも言えず心地好い感覚であった。翼は時に風を切り、時にふわりと風に乗る。上空の気流にさらされた体は氷のようにきんと冷えているのに、頬は熱く上気している。言葉にしがたい、素晴らしい高揚を伴って。
眼下には家々の屋根があったが、その瓦は、晨の心を写すかのように、昼の光を反射して、輝いていた。
と、海老茶色をした瓦屋根の上に、青みがかった灰色の猫が一匹、目を閉じて気持ち良さそうにだらりと横たわっているのが見えた。すると、その猫に憎しみが湧いて、その体をずたずたに引き裂きたい、そんな衝動に駈られた。
晨は衝動のまま斜め下に、素早く鋭く一直線に滑空、柔らかい毛に覆われた肉に爪を突き立て、締め付け――
耳をがちりとくわえ、引きちぎろうとしたその時、猫の顔が人のそれに変わった。苦痛に歪んだ少年のその顔は――
どきり。
記憶が曖昧なせいで、ぱっとそれが誰のものかはわからなかった。しかし覚えのある顔だ。どこかで見た、いや、それ以上。近しい誰かの顔だ。
そう認識した瞬間、心臓が跳ねる。すると突如、翼が全く動かなくなった。あっという間に体は傾き、真っ逆さまに墜ちる。
真下には水面、晨はぎゅっと目を閉じた。
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