第1章

3/10
前へ
/11ページ
次へ
今日この家に来たわけは、別に約束があったからではない。 昨日のヤツの雰囲気を思い出し、居ても立ってもいられなくなった結果なのだ。 靴を脱いでリビングに。電気も消さずに出て行ってしまったからか、まるで誰かがいるかのように未だ人の気配がある。 通いなれた部屋の中、ヤツの部屋の前で深呼吸をした。確か、『ボクの好きな人へ』とかいうフォルダだったか――頭の中で思い出しながら、パソコンの前に立った。 パスワードもないヤツの愛用パソコンは、クリックだけでデスクトップに出る。 堂々と真ん中に位置してあったフォルダこそが、ヤツの言ったものだった。 中に入っていたのはワードのデータが一つ。きっと、もうすぐ死ぬと思っていたヤツの言葉だ。 少しくらいは素直なことを書いているんだろう――そう思いながら、椅子に座ってワードを開いた。 一文目にあった、なんともアイツらしい言葉に、自然と笑みが溢れる。 ――まったく、なんてヤツだ。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

117人が本棚に入れています
本棚に追加