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「あたしが本当に出て行くとは思ってなかったでしょ?」
家を出て三日目。ようやく携帯にかけてきた義之(よしゆき)へ、あたしは薄笑いを浮かべてそう言った。
でも、その返事は思いがけないものだった。
「いや。そんなことはないよ、優希(ゆうき)。いつか出て行くって思ってた」
「嘘だよ。義之、全然危機感なかったもん」
「嘘じゃないさ。その証拠に、俺はこんなに冷静だ。出ていく可能性を完全に失念していたなら、もっと取り乱していないとおかしいし」
「それ、冷静っていうか、やっと一人になれてほっとしているって感じじゃない? あと、その話し方、やめてよ。こんな時まで理性的でいられるのって、なんだか妙に頭にくるから」
結婚五年目。三年を過ぎた辺りから、あたしたちの会話はいつもこんな感じだった。
この期に及んでも、やっぱり義之は油断しているとしか思えなかった。義之は、まだあたしが帰って来るって思っている。
その気持ちは理解出来る。
なにしろ、あたしたちは全てにおいて相性が良かったから。特にセックスに関しては、経験豊富なあたしをして、これ以上ないって言えるほどに合っていた。
一回のセックスであたしがイクのは、一度や二度では収まらない。義之の指や舌、そしてペニス。それらは全てあたしの為に設えられたに違いないと信じて疑わなかった時期もある。
会話にしてもそうだ。義之は話すのが上手だった。あたしの笑いのツボや食いついてくる話題を、的確に突いてくる。
あたしはあたしで少し天然なところがあるらしく、ふとしたことで義之を笑い転げさせている。一度、本気でコーヒーを噴かせてしまったこともあったっけ。
でも、結婚はそれだけではうまくいかないものなのだ。お金ももちろん大事だし、それがほぼ全てだと言い切る人もいたけれど。
あたしたちの場合は、少し特殊、なんだと思う。
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