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戻れるかどうかもわからず、そのまま振り返り駄菓子屋を出ようとする。このままどこかで野垂れ死にしてもきっと誰かが見つけてくれるかもしれないと、そんなときだった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
「はい?」
過去の私が呼び止めた。特に用もないだろうに何事かと振り返る。
「えっとさ、プリンの作り方、知ってんでしょ。作りたいなら作ればいいよ。家の台所、使っていいからさ…………」
だからさ、と彼女は両手を合わせながら言う。
「私にプリンの作り方、教えてよ」
思わず口元が緩みそうになる。こんな見ず知らずのババアを引き入れるあたり時代の流れを感じた。
「なっ、なによ。その顔」
「いえね、それはクソジジイのためかなぁと思いまして、親孝行なんですねぇ」
「ちっ、違うし、これは彼氏のためだし、クソジジイなんてこれっぽっちも関係ないから、つーか、あのクソジジイがプリンなんて甘ったるいもん食うわけないじゃん」
いえいえ、ビールに甘いものは以外と合うものだし、祖父はけっこうな甘党でしたよとかなんとか言いながら、私は台所に立ち、さっさと準備を始めていく。その光景を彼女がポカーンとした表情で見つめている。
「なんで、道具のある場所、知ってるの? なに? 妖怪プリンババア?」
「妖怪は好きですよ」
妖怪プリンババアという独特のネーミング苦笑しながら答える。何十年もやってきたがやはり置き場所はちっとも変わっていない。
「それとちゃんと手を洗ってくださいねぇ、清潔なのが大切ですから」
「う、うん、わかってるわよ」
二人で並んで、プリンをつくる。卵を割るときのちょっとしたぎこちなさや、力加減なんかに懐かしさを覚えながら私もあれこれを指示を出す。
いつもは一人でやっているからわからないけれど、誰かと一緒にやるというのは楽しいものだった。
「で、できたー」
と、彼女が感慨深げに言い、私の視線に気がつくとバツが悪そうに視線をそらし、口元をもごもごと動かして、両手をニギニギ。困ってるんだなぁ。いや、これは照れ隠しなのかもと思いながら、
「「いただきます」」
二人で手を合わせて、プリンを食べた。
「んっ、微妙かも」
「最初はそんなもんですよ。クソジジイに食べさせるには充分です」
たぶん、どんな味だろうと喜ぶだろうから、
「違うし、彼氏にだし…………まぁ、味見にならクソジジイにもやってもいいかもだけどさ」
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