第1章

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???東京機巧研究所『紫電』収容ドック。 ???敵機巧との連戦で損傷した機体。塗装が剥げ、所々に弾痕が目立つ。 ???命綱を垂らし機体に張り付いて急ピッチで整備を行う整備士たち。腕を組んでそれを見上げる弓弦。 楓「弓弦、ここに居たんだね。探したよ」 弓弦「近寄るんじゃないって、言わなかったかしら?」 ???振り返ることもしない弓弦。視線は整備士たちから外れない。 楓「整備してるのが、そんなに珍しい?」 弓弦「…………」 楓「参ったな…、君は気に食わないかもしれないけど、僕たちは組んでるんだ。別に仲良しこよしで過ごしてくれとはいわないけど、」 弓弦「いつだったか」 ???楓の言葉を遮るように、弓弦が口を開く。話しかけているのではなく、ただ独白しているだけ。 弓弦「あたしの知っている中で最強のパイロットがいた。あたしの記憶ももうずいぶんあいまいだから、詳しいことはよく覚えていないわ。でも確かにいた、そのことだけは鮮明に覚えているの」 楓「その人は、君にとって大事な人、なんだね」 弓弦「知ったような口をきかないでちょうだい。不愉快だわ」 ???弓弦は楓に一瞥もくれずにそう吐き捨てる。楓、言葉を詰まらせ、困った顔。 ???しばし沈黙。整備士たちの声が遠くで響く。 弓弦「こだわることなんて、ここまで記憶があいまいになっちゃえばなくなると思ってたのよ。でもその人のことだけは、どれだけ思い出を失っても、気持ちを失っても、無くなることはなかった。あたしが一番、それに面食らってるのよ。そいつが大事だったかどうかなんて、あたしが知りたいくらいだわ」 楓「…、記憶を失っても心に居続けるんなら、きっと大事だったんだよ。そこまでこだわり続けられるなんて、並大抵の執着じゃないんだからさ」 弓弦「それか、死ぬほど嫌いだったかのどちらかよ」 ???フンと、弓弦は鼻を鳴らして言い捨てる。楓、諦めたような顔。 楓「取りつく島もないって、こういうことを言うんだ……」 弓弦「あたしが覚えてるのは、その人は一人で機巧に乗って戦っていたってことだけ。その人は一人で出撃して、一人で帰ってきて、いつも一人きりだった。あたしはそれを見ていることしか出来なかったわ」 ???記憶をたどるように瞳を閉じて、顎先をクッと上向ける弓弦。 ???再び独白のように話を始めた弓弦を目の前に、参ったなという風に頭を掻く楓。
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