紺屋高尾

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__そんなある日のこと。 この夜は吉原名物の花魁道中が行われた。 花魁道中とは着飾った遊女たちが新造(しんぞ)や禿(かぶろ)などを引き連れて通りを練り歩く行事のことをいう。(馴染み客を迎えるときにも行う) 高尾太夫ともなれば、この花魁道中のまさに花形だった。 見物人は男も女も彼女の姿をひとめ見ようと通りに身を寄せ合う。 高尾はそんな中で、ある男を視界にとらえた。 阿呆のような顔でぼんやりとこちらを見つめる男。 薄汚れたボロの着物に、ひざの破れた股引(またび)きを履(は)いたその男は、果たして何かの職人なのだろうか。 彼の指先は痛々しく皮が剥けて、爪まで真っ青に染まっていた。 高尾はその男の姿に自然と笑みがこぼれていた。 見る限り、この男はきっと何も持っていないのだろう。 贅を尽くし、豪勢に着飾った高尾を、この世の者とは思えぬような顔で見ている。何の職人かは知らないが、一日汗まみれで働いても、そこで手にする給金は、きっと宵越(よいご)しの金にもならないだろう。 天地がひっくり返っても、きっと自分とは永遠に接点を持たない人間だと思ったが、高尾は彼の惚(ほう)けた表情に過去の自分を思い出してしまった。
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