紺屋高尾

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__三年の月日が流れた。 吉原の名店、三浦屋の五代目高尾太夫となっても、毎夜男を相手にしなければならない彼女の苦界生活は続いた。 その夜のこと。 この日はめずらしく遅い時刻になっても、高尾にお呼びが掛からない。 伊達の殿様などは、あれきり姿も見せていない。 たまにはこんな夜があってもいいかと思ったところに、ようやくお呼びが掛かった。 聞いてみると相手は、いちげんの客ということだった。 よく遊びにくる藪(やぶ)医者が、どこかのお大尽(だいじん)さんの遊びを知らない息子を連れて来たらしく、どうしても高尾太夫をご指名したいということらしい。 だが吉原の太夫は本来いちげんの客は相手にしないものである。 座敷にあげても、お遊びはなく一度目は煙草(たばこ)を交わす程度に終わるのが慣例だ。 高尾は店の人間を使ってそう申し伝えたが、お大尽さんの息子はそれでもいいという。 他に客が来る気配もないので、高尾はこの日、気まぐれでその息子を座敷にあげることにした。 すると。その男どこかで見たような顔である。 が、まったく思い出せない。 少しくたびれた親のお下がりのような羽織りを着て、手は袖の下にずっと組んでいる。 本当に遊びなれしていないのか、ひどく緊張した様子が見て取れた。
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