紺屋高尾

7/10
46人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
「ぬしはどちらの方でありんすか」 高尾は彼の緊張をほぐしてやろうと、そう訊ねてみた。 が、彼が何と答えるかと思えば「あいよ、あいよ」と鷹揚(おうよう)さを装うように言うだけだ。 この「あいよ」は、お大尽が返事をするときに使う言葉である。これでは話が通らない。 他にもいろいろ話をしてみようと試みる高尾だったが、彼が返す言葉はなぜかすべて「あいよ」なのである。 何だか高尾は可笑しくなって、ついに笑ってしまった。 するとその顔を、男は惚けた表情で見ている。 どうやらよほど高尾の美しさに惚(ほ)れているのだろう。 上から横柄に口説いてくる豪商や大名よりも、この男のほうがよほど可愛げがあって、高尾もいちげん客以上のもてなしで応じることを決めた。 「ぬし、煙草をどうぞ」 キセルに葉を詰めて高尾が吸って火を灯し、男に渡す。 男はまた例の「あいよ」で、それをうやうやしく手にとった。 その指を見て、高尾は彼をどこで見たかを思い出した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!