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それを黙って見送っていると、家から若い女が出てきた。
「あら? どなたかいらしていたの?」
それは男の、年の離れた妻だった。
「ああ、旅の少年だよ。たぶん、魔物に連れ去られた想い人を救けにいくのだろう。長い人生、迷うことはあるもんよ。だから話して聞かせたのさ」
「行かせてだいじょうぶなの?」
「わしの見立てでは、あの少年ならだいじょうぶだろう。剣を見ればわかる。少年にしては相当な太刀筋とみた。本人はあまり意識していないから自信がないのもしれぬがな。そのせいでためらって、あまりに年月をかけてしまうと、せっかく救けても歳が離れすぎて相手にされなくなってしまうからな……」
「わたしはそんなに薄情じゃないわ。そりゃ、最初は驚いたけれど……」
若い妻は唇をとがらせた。
「女は、いつまでも待っているのよ。いつまでも信じて待っているの」
「そうだな……。待たせすぎてしまったのは、本当にすまなかったと思っている」
彼女は微笑み、彼に寄り添うと腕をからませた。
「待たせすぎよ。でも、それでもいいの。わたしは、今、幸せなんだから」
そして二人は、もう遠くなって森の緑にまぎれてしまいそうになっている少年の後ろ姿を、目を細めて見つめるのだった。
〈終〉
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