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老齢の男が家の庭先で薪を割っていると、一人の少年が現れた。日に焼けた肌にやや疲れた表情を見せ、大きな剣を佩いていた。背負った荷物を見るに、旅の剣士だろうか……。あどけなさの残る、年の頃16、7歳ぐらいである。
「すみません、水をもらえませんか」
旅の少年はそう言った。優しい目をした少年だった。
老齢の男は薪を割る手斧を脇におき、首からぶら下げた手ぬぐいで汗をふいた。
「ああ、いいとも」
辺りに人家はなく、老齢の男は少年を親切に迎えた。腰に下げていた革製の水筒を受け取り、掘っ立て小屋のような粗末な家に入ると、すぐに戻ってきた。
水が入って重くなった水筒を差し出して、
「これから、どこへ行きなさる?」
と訊ねた。
ここは街道から少し外れている。町へ行くには通らない場所である。
「あの山ですが……」
少年は森の向こうにそびえる、雪を頂いた見るからに険しい山を指さした。
「ほう……」
老齢の男はその方向を見て、視線を戻した。
「あそこは危ないところだぞ。魔物が住むという噂もある。なにが目的か知らぬが、よしたほうがいい。無事ではすまぬかもしれん」
「はい、ここへ来る途中で道を聞いたときにも、だれもかれもがそう言いました」
「そうだろうて。それを承知していて、なお、そこへ向かおうというなら、それほどの事情がおありとみるが」
「ええ、そうです」
少年の表情がややくもった。
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