鬼魅

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千年という歳月を一人で生きた師は、美しく優しい女だった。 ほんの僅かの間だけ私を育ててくれたその女が、漸く解放される歓びの涙と共に遺した、最期の言の葉の裏に隠した真実に気が付いたのはずっと後になってからのことである。 たった独りで人の世を千年見つめてきた女が、何故にあのように人間に関心を持ち続け見守り続けていられたのかが不思議でならなかった。 ほんの幾十年かで土に戻るような奴らだ。 つい先頃産まれたばかりと思っていた人間は、ほんの少し目を離している内にいつの間にか成人していて、そして次に気付いた頃には無に帰している。 生死を見届けるのもとうに飽いて、私は最早何の感慨も覚えなくなっていた。 与えられた短い歳月の中でどれだけ奴らが愛し合ったり憎しみ合ったりしようとも、結局のところ何かを成すことも残すことも変えることも出来ぬままに死んでゆく。 いつ見てもそれは、退屈で滑稽な茶番劇でしかなかった。 奴らの下らぬ一生やそれに纏わりつく感情など、雨が止めば地面が乾くごとく、昇った陽がすぐに沈んでゆくごとく、ありふれていて当たり前で、無価値で意味のないものである。 少なくとも、あと七百年ばかり独りで生きなければならない私にとっては。 ほんの幾十年かで土に戻るような奴らには、きっとこの苦しみは分かるまい――。
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