鬼魅

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山を下りたのは、ほんの気まぐれであった。 人の世にしては長い戦乱期も終息してしまい、上から眺めるには実に退屈な日々であったからだ。 放っておいても短い生命を削り合う奴らの戦は実に愉快でもあり、同時に愚かしく馬鹿馬鹿しい。 私の中には人間という種族を蔑む気持ちばかりが募っていた。 遠い昔のことをたまに思い出せば、唯一言葉を交わしたことのある師の考えはやはり理解が出来ない。 彼女は私の三倍もの時をこんな茶番を見ながら過ごしたというのに、何故か人間をひどく好んでいたようであった。 『想ひを寄せてはなりませぬ』 飲み込まずに吐き捨てたいような言葉であった。 あの下らない種族に、恋情を抱くなど想像もつかない。 しかして師がわざわざ死に際にそう言ったからには、私が未だ見付けられていないだけで、人間はどこかにそのような魅力を持っているのではないだろうか。 そんな考えが浮かんだのも、この度の下山の理由のひとつではあった。 独りで過ごした三百年の時はあまりにも退屈であった。 単に誰かと、師以外の他の何者かと、たまには口を聞いてみるのも暇潰しくらいにはなるやも知れぬ。 決して何かを期待したわけではなかった。 ほんの気まぐれと、少しの興味――それは敢えて言うならば人間に対する興味ですらなく、奴らを優しい瞳で見守り続けた師への興味である。
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