少年は果てなき海で

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「ねぇ、おばあちゃん」  八歳の弟は祖母の裾を引いた。 「海の向こうには何があるの?」  エメラルドグリーンの海原に目を向ける。 「さてねぇ。  ずっと西には宝石箱みたくキラキラした王国があるって噂もあったがねぇ」 「アトランティスのこと?」 「そう、それだよ」 「そんなの作り話だって」  私が水を差すと、弟はぷぅと頬を膨らませた。  海藻をすり潰した日焼け止めを顔に塗ってるので毬藻みたいだ。 「じゃあその向こうは? 海の果てには何があるの?」 「色んな人が色々なことを言ってるけどねぇ。  空まで水でいっぱいになるとか、滝があって奈落へ落ちるだとか」  答えながら祖母は慣れた手つきで柑月(ロティス)の実の皮を剥く。  私はそれを受け取り、種を抜いて蜂蜜酒(ミード)に漬ける。  ロティスの実はこの島に群生する果実で、甘味と酸味が効いてとてもおいしい。  食べきれない分はこうしてお酒に漬けて蓄える。 「海の向こうを見てきた人はいないの?」  弟は小首を傾げた。 「そうだねぇ。たった一人しかいないねぇ」 「あっ! わかった、海賊王だ!」  目を輝かせる弟に、祖母はしわだらけの顔をもっとしわくちゃにして笑った。  弟は海賊に憧れている。  幼いので歌語りの中で活躍する勇敢な海賊像しか知らない。  本物の海賊はもっと怖いものだと思う。  といっても、本物の海賊なんて私だって見たことない。  この島――セラ島は、中央大陸より遥か西、多島海の島群から南西に大きく離れた遠浅の海にぽつんと浮かぶ小さな島。  島の周りは潮流が複雑で岩礁が多く大型船は上陸できない。  だから海賊や戦争とは無縁で、どこの国にも属さない。  徴税も徴兵もない。  沖まで漁に出ると時々軍船が近づいてきてひどいことをするけど、潮に詳しい島民はうまく逃げおおせる。  私達は豊かな自然の恩恵を受けて自由気ままに暮らしていた。
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