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◇
どこをどう逃げたのか覚えてない。
海には大海蟲(ヴェノム・アネモネ)が潜んでいた。
極大の回虫じみた薄気味悪い体躯。
口腔の周りには無数の触手を生やし、獲物を絡め捕る。
野生の大海蟲が岸に現れるはずがない。
魔術師の放った召喚獣に違いない。
そいつに弟は…………。
嗚咽が込み上げる。
声をあげればゴーレムに見つかってしまう。
泣きたい衝動を必死に噛み殺す。
がむしゃらに逃げまどい、気づくと磯の海岸へ出ていた。
海に近づき過ぎるとまた大海蟲に出くわすかも……そう思ったとき、
「ぷはっ!」
と海面に男が顔を出した。
磯を掴んで体を引き上げ、岸に立った男はずぶ濡れの前髪を掻き上げる。
すらりと長い手足。
日に焼けて引き締まった身体を惜しげもなく晒している。
呆然と立ち竦む私を長身の彼は見下ろす。
「ん、この島の娘か?」
「そうだけど……」
私は顔を背けた。
「ま、前を隠してよ」
ふむ、と男は生返事をして、岩場にかけてあった手拭いで髪を拭く。
先に下を穿いてほしいんだけど……。
「あなた漁師? それとも商人?」
男に背を向けたまま訊ねる。
彼は短く答えた。
「海賊だ」
「!」
海賊……。
思わず息をのむ。
「海賊がどうしてこの島に」
「ペットがはぐれてしまってな」
ペット?
「それって、まさか大海蟲じゃないよね?」
「この島では大海蟲を飼うのか?
変わった風習だな」
「そんな風習はないよ」
はぁ、とため息が出た。
一体どうして私は海賊なんかと話してるの?
こんな時だっていうのに。
早く助けを呼ばなきゃ……。
助けを…………。
「――――――」
もしかして、弟が導いてくれた?
私を海賊に会わせるために……。
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