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多島海よりさらに西の果てに大きな島があった。
その島にはアトランティスという王国が栄えていた。
国名の語源はアトラス(支える)。
その名の示す通り、アトランティス王は国の柱として民の暮らしを支えた。
王には一人だけ子がいた。
幼い第一王子は臣下からも民からも愛された。
数多の貢ぎ物を受け、少年は不思議に思った。
なぜ自分はこんなに恵まれているのか、王子とはそんなに偉いのか、と。
少年の疑問に、同い年の見習い侍女は眩しいものを見るように目を細めた。
「王子、あなたは私達の希望なのです」
その言葉に、少年は悟った。
人々が彼を敬うのは、彼に希望を託しているから。
いつか王子がより良い未来へ国を導いてくれると信じているからだと。
なら、皆からの寵愛を一身に受けよう。
王子の身分を存分に楽しもう。
そして王位を継いだとき、期待以上の未来を築こう。
民の夢を叶えてみせよう。
しかし、少年の成長を待たずして国は滅んだ。
未曽有の天変地異が島を海の底に沈めたのだ。
彼一人だけが生き残った。
大洋は何も語らず、ただ茫漠と横たわる。
果てなき海の真っただ中で、少年は想った。
愛した者達はもういない。
消えた命は二度と帰らない。
支えるべき国は残らず崩れ去った。
なら、背負った期待はどうなる?
受けた恩はどこへいってしまう?
叶えるべき夢はどうすればいい?
今ここにいるのは、無為に贅沢な暮らしを味わった王子だけ。
ただ一握りの国土もなく、
ただの一人の民もいない。
裸の王子ただ一人。
すべては海に飲み込まれた。
(それなら――)
海を見つめる双眸に、挑むような光が宿った。
(この海の途切れるところまでが己の国だ。
そこに住まう者が己の民だ。
この海ごと支配してやる。
故郷を失う苦しみ……そんなもの、この世界から奪い尽くしてやる)
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