序章 夏祭り

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「お父さん。あれ、なあに?」 秋晴れの空は天高く、からりと澄んだ青をその水面に映した海もまた、穏やかで美しい色をたたえていた。 快晴の空の下を、数々の神輿を担ぐ者たちと、それを取り囲んで民謡の音頭にのって踊る町内会の人たちが、一丸となって海岸沿いの通りを練り歩いてゆく。 普段は閑散としている一本道に、今日はまるで渦潮のように人々の熱気がうねっているような、熱狂の渦が巻いていた。 「あれは“夜行さん”だな」 町の男衆が担ぐ神輿を指差し尋ねた息子に答える。 小さな指が示したのは、神輿の後ろ側に取り付けられている欄間だった。 そこに象られているのは首の無い馬と、それに乗った「何か」。 「やぎょうさん?」 ワッショイ、ワッショイと勇ましい掛け声が屋台の立ち並ぶ通路を、人込みを裂いて神社へと向かってゆく。 秋の豊饒を祈る夏祭りも、3日目の今日で最終日だ。 観衆も主催側の氏子らも屋台の店子たちも、この暑さのせいで滝のような汗を流し、赤らんだ顔をしていた。 皆、不思議な祭りの熱にうなされ、熱狂の渦に巻きこまれてゆく。 「とっても怖い神様だよ」 「神様なんだ。なんで怖いの?」 ふと、顔が締まりなくゆるむ。 この子と同じ年頃のころ、自分も祖母に同じことを聞いたことを思い出し、思わず笑みが浮かぶ。 怖いもの見たさというのか――――怖い恐ろしいと言われれば、そう言われるほど見たくなるし、聞きたくなる。そして見聞きすれば、誰かに話してみたくもなる。
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