序章 夏祭り

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「物忌みといってね、昔は夜に外に出てはいけないといわれている日があった。その日の夜に出歩くと、夜行さんに殺されてしまう、という言い伝えがあるんだ」 「殺される?うそ。だって、神様じゃないの?」 欄間に象られた「神」を見る目が、ほんの少し畏怖と恐怖で歪んだ。 この子は今年で10歳になる。少しずつ、大人が冗談半分に脅す伝説を迷信だと考えるようになる年頃だ。 そんな息子にとって、人の前で怖がる様子を見せるのは大人が思うよりも抵抗が大きいのだろう。 「神様にも、色々な神様があるんだよ。多分」 掛け声に合わせて、まるで生き物のように揺れる神輿。 全体に漆が塗られ、つやつやと濡れるような黒地に金で装飾をほどこしたそれは、神輿というよりどこか仏壇のように見える。 「あれ?じゃあ、夜行さんに乗っているのは何なの?」 小さな指が、欄間に描かれた首無しの馬に乗った騎手を指差した。 「え?ああ、夜行さんは馬じゃないんだよ。煙で隠れているけれど、首なしの馬に乗っているのが夜行さんだから」 どうやら、首無しの馬という異形の生き物の方を、夜行さんだと勘違いしたらしい。 馬にまたがる「夜行さん」の姿は、上半分がその周りにたなびく大きな煙に隠れてしまっている。 確かにこれでは、首の無い馬の方が、上半身が隠れている馬上の夜行さんよりも主役のように見えるだろう。
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