1962人が本棚に入れています
本棚に追加
/328ページ
間章 不可解な死
窓から差し込む太陽の光が眩しく、ブラインドを少し調整する。外から小さく、鳩の鳴き声が聞こえてきた。
ベッドに寝転んだ夫の顔を、そっと覗き込む。
ここ数週間ですっかり頬がこけ、目の周りは落ち窪んでしまった。
去年と今年と、健康診断ではメタボ一歩手前だと言われたくせに、今はすっかり脂肪が落ちた。薄水色の作務衣のような病院の検査服からはみ出す腕には点滴が刺さり、うっすら筋が浮いている。
「なんでえ、馬鹿は風邪ひかないって言うくせによ。親より先に入院しやがってからに」
義父は厳(いか)めしい表情を作ると、夫に向かって悪態をつく。
「まあまあ、お父さん」
着替えを整理していた義母が、とりなすように声をかける。
多くの人に心配をかけた張本人は、ベッドで寝転んだまま指でぽりぽりと鼻の頭をかいた。
「いやー、なんだか心配かけちゃったみたいだなあ」
心臓の発作を起こし、ICUで手術を受けた夫が目を覚ましたと知らされたのは、昨日の朝のことだった。
手術後、発作が起きたことが嘘のように回復をとげ、血圧、脈拍ともに正常に戻った。
麻酔が残っていたせいか、夫は目を覚ましてすぐ眠りこけてしまった。
念のため、再び目を覚ますまでICUで心電図モニターをチェックしてもらっていたが、数値はずっと正常値を保っていたらしい。
そのお陰で、晴れて昨日の夕方、夫は一般病棟に戻ることができた。
「みたい、じゃなくてすっごく心配したんだからね!涼なんて半泣きだったんだよ」
「泣いてないし。変なこと言わないでよ、姉ちゃん」
怒った顔をしながらも、どこか弾んだ声の子どもたちに、夫は嬉しそうに笑いかけた。
「よしよし。退院したら皆で、お父さんのおごりで美味しいもの食べに行こうな」
「本当に!?私、オムライスがいい!駅の近くにできたお店のやつ!」
「えー、前もオムライスだったじゃん。僕『幸楽』のラーメンがいい」
窓際にそっと背をもたれかからせる。
一昨日、昨日と少し肌寒い日が続いたが、今日は五月の陽気が暖かい。
「そういえば、いつ退院できるの?」
ベッドの柵に手をかけ、娘が夫を覗き込む。
「この調子で体調が安定してれば、来週末らしい」
最初のコメントを投稿しよう!