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口元まで出かかった反論を、ぐっと飲み下す。
「……申し訳ありません」
「ただでさえ、連休の最終日で人手が足りないからね、今日」
去年、販売員としてパートで働いていたアパレル会社の昇格試験を受けて、正社員になった。
夫の会社の業績が傾いたことや、茉莉や涼も大きくなり、手がかからなくなってきたことを視野に入れての決断だった。
「それに、あなたはもうパートじゃなくて正社員なんだから。しょっちゅう休まれると、周りにも示しがつかないし。で、出られるの?」
上司本人にその気があるのかどうか分からないが、言外に降格を匂わされているような気分だった。
去年の秋に転勤してきたこの上司とは、どうにも相性が悪い。無神経な人だと思っていたが、時折、言いようのない悪意を感じて気が滅入る。
ぐっと奥歯を噛みしめ、深く深呼吸して息を整えた。
「…………分かりました。ただ、これから向かうので少し時間がかかってしまいますけど、午後からは出られると思います」
「じゃあ、1時半からのシフトで入って」
そっけなく言われ、ブツリと通話が着られた。
画面上の右端を見ると、時刻は10時28分を指していた。
「…………」
じわりと、目頭が熱くなる。こういうことは慣れてきたと思っていたのに、疲れているせいか、少し過敏になっている自分がいた。
階段に座り込み、壁にもたれかかる。
こんな所で休んでいる時間はないと、頭では分かっていた。それでも、目を腫らして病室に戻れば、皆に要らない心配をさせることになる。
ただでさえ、最近仕事と病院の往復で余裕がなかった。
職場で消化できない仕事を家に持ち込むため、義父と義母にずっと子どもたちを預けっぱなしだった。
そんな私を一言も責めず、孫と暮らせて楽しい、と言ってくれる二人には頭が上がらない。とても有難いが、それ以上に負担をかけ通しなことが心苦しかった。
茉莉とも涼とも、ろくに会話もしていない。
特に、茉莉には気持ちに余裕がない時、辛く当たってしまいがちだ。
息子と違って、自分とよく似た娘とは距離感がないせいか、どうにも当たりがきつくなる。
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