間章 不可解な死

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一昨日はついに、茉莉に手を上げてしまった。 それだけは決してあってはならないと、今までずっと自分を戒めていたのに。 膝を抱え、顔を埋(うず)める。 唇を噛みしめ、涙が零れ落ちないようにぐっと目を大きく開いた。 鼻をすすると、階段に音が反響する。 がちゃり、と上の階から扉が開く音がした。 「…………でさー、私言ってやったのよ」 人の声が聞こえ、思わず顔を上げる。 「……?」 「いい加減、時間がもったいないからいちいち作業を中断しないでくださいって。そしたら泣きそうになっちゃって」 「あの先生、ちょっと打たれ弱すぎ。大学じゃチヤホヤされてきたんだろうけど、現場で使い物にならなきゃ意味ないのにねえ。確かここの院長の親戚でしょ?コネがあっても、あれじゃあ」 侮蔑と嘲笑が混じった声に、神経がささくれ立つのを感じた。会話から察するに、おそらく看護師だろう。 「っていうか、死体が怖いなら医者なんて無理でしょ。何考えてるんだか」 「典型的な頭だけいい人って感じじゃない?トロくさいし、見ててイライラするよねえ」 本人達は、まさかこんな所で第三者に悪口大会を聞かれているとは思わないだろう。 私もきっと、上司や同僚から陰でこんな風にこき下ろされているんだろう――――そう思うと、余計に気が滅入ってくる。 盗み聞きするのも不愉快で、立ち上がってお尻を払う。 病室に戻ろうと扉にかけた瞬間、思いもよらぬ言葉に手が止まった。 「本人は繊細なつもりなんでしょ。さっきもトイレで吐いてたし、あの人」 「……え?」 うわー、と揶揄する声が階段に響く。 「今日、もう2回目だよ、トイレに篭(こも)るの。解剖の時は、いっつもそう」 トイレで苦しそうに嘔吐していた、あの若い女性医師。彼女も確か「解剖」と口にした。 「解剖って、まさか鳴渡浜の?」 「鳴渡浜」という単語が聞こえ、思わず息を飲む。 盗み聞きは良くないと思いながらも、そっと耳をそばだてた。
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