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「知ってた? あれって、ほとんど溺死なんだって」
少し得意げな声が、わずかに潜(ひそ)められた。
「え? そりゃ、海で亡くなるって言えば溺死でしょ?」
話相手の怪訝そうな声が、階段に響く。
「そんなことないわよ。水死の原因って大体、溺死か心臓麻痺かのどっちかだから。だって、真冬とか春先は海の中って寒いなんてもんじゃないから、溺れる前に心臓麻痺でポックリ逝くじゃない」
「ふーん。でも、なんで溺死って分かるの?」
「循環器のプランクトン検査で判断するのよ。プランクトンとか藻(も)が見つかるかどうかで」
二人の会話は妙にカラッとしていた。人の死に対して、畏怖や湿度がない。
確かに、医療従事者は頻繁に患者の死に立ち会う。そのたびに、いちいち湿っぽくなっていたら心がもたないかもしれないけれど。
私たちにとって「死」とは衝撃であり非日常であるけれど、彼女たちにとっては既に日常でしかないのだろう。
「今年に入ってから続けてあの浜で見つかる仏様(※遺体の隠語)のほとんどが溺死でしょ。だから落下事故とか殺人じゃなくて、自殺の線が一番有力らしいよ」
「うそー、だって結構な人数でしょ。それが皆、自殺なの?本当に?」
素っ頓狂(とんきょう)な声に、思わず同意する。
それに何故、溺死で自殺と判断されるのか理解できず首を傾げた。
「だから、まだ仮定だってば。あ、そろそろ戻ろっか」
がちゃり、と扉が開く音が聞こえた。二人の声が途端に遠ざかる。
一泊おいて、重々しい音を立てて扉が閉まった。
「……………………」
呆然と階段に座り込みながらも、盗み聞きした会話を頭の中で反芻(はんすう)する。
今年に入ってから、鳴渡浜で立て続けに見つかる水死者たち。
そのほとんどが自殺――――?
鳴渡浜とその先で波打つ藍色の海。海と白浜を囲むようにそびえる崖と、その上に青々と茂る海岸林。
15年前にこの土地に嫁いで以来、すっかり見慣れたと思っていた風景が、頭の片隅に蘇る。
「…………どういうことなの?」
ぽつりと漏れた呟きは、無人の非常階段に静かに響き渡った。
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