第二章 晩春の嵐 後編

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温室を出ると、その温度差に少し驚く。 九条さんはちらりと僕たちを振り返ると、「こっち、こっち」と手招きした。 花畑に挟まれた白い小路を、九条さんを先頭に三人で歩いてゆく。 バラやカーネーション、菖蒲、他にも名前が分からない数種類の花が、色とりどり咲き誇っている。 花の種類によって分けてきちっと並べて植えられているわけではないようだった。バラのすぐ横にカーネーションが咲いていたりと、良く言えば自然的な、悪く言えば大ざっぱな花畑だった。管理者の方針なのか、それとも単に大らかな性格なのか。 温室もそうだったけれど、植物園だからといって神経質に管理されているわけでもなさそうだ。 「茉莉ちゃんと涼くんは、レモンとオレンジだとどっちが好き?」 「えっと、オレンジの方が好きです」 唐突な質問に答えた姉ちゃんの声は、いつもより少し固い。 相変わらず馬鹿正直というか、隠し事が下手だ。 飲み物でも出してくれるんだろうか。どちらかと言えばオレンジの方が好きだけど、何となくもう片方も気になった。 「……レモンが好きです」 10分ほど歩いてゆくと、小路の奥に白い建物がぽつりと立っているのが見えてくる。 白に近い薄い灰色のコンクリートで外壁をおおわれた、白い箱のような四角い建物。入り口や門など、ところどころ黒いレンガで覆われている。 色とりどりの植物に囲まれたシンプルな白黒の建物は、不思議な存在感があった。 九条さんはさっき「ミュージアム」と言ったが、確かに博物館や美術館のような外観だ。 半分開いたまま固定されている門をくぐり、石畳の階段をあがってゆく。 スチールの銀色の看板には、「緑の博物館」と書かれていた。 「お邪魔します」 自動ドアの中に一歩足を踏み入れる。温室とは対照的に、室内はひんやりと涼しい。
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